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創造的な仕事は デジタル化で 国境を軽々越える、
世界の人材市場に現れる 新興国の人々
2014/06/20
筏井 哲治 = ピアズ・マネジメント

 「高度情報化」や「インターネット時代」という言葉は、僕らにとっては何を今さらと思うほど使い古された言葉ですよね。 巷ではデジタル・ネイティブと呼ばれる「新人類」も登場していると言われているくらいですし、現に筆者の娘もまだ幼稚園児だというのに iPadを使ってゲームやら何やらをピコピコとうまいこと操作しているから驚きです。

あらゆるものがデジタル化される世界

 では、なぜ僕があえてデジタル化の脅威を今さら説こうとしているのかというと、日本国内だけを見ていては、そのデジタル化が与える 巨大なインパクトが見えないからです。 日本では既に10年以上も前にブロードバンド回線が当り前になり、今やスマートフォンからの通信ですら極めて高速な回線に切り替わりつつある今、 デジタル化の波はもう完了したのではないかと思ってしまいがちです。

 しかし、世界を見ると事情は大きく異なります。 十数年前のアジアといえば、まだまだ発展途上にあり、その国の人たちがPCやケータイを駆使してインターネットで世界につながるなんてことは 想像もできなかったのです。 今回僕は、フィリピンへ語学留学へ行ったり、東南アジア諸国を巡ってみたりして驚いたことは、今どきの新興国は、道路や水道よりも 通信インフラが先行しているという現実です。

 水道すらなく、道路も舗装されていない村でも人々はケータイを持ち、インターネットに接続しFacebookやらTwitterを使っているのです。 これは日本では到底考えられないことですよね。

写真1   ● フィリピンの小さな町のマーケット
まだまだ発展途上の雰囲気はあるが、ここにいるほとんどの人々が携帯電話やスマートフォンを日常的に使いこなしている

イノベーションが知識の浸透を加速する

 普通に考えれば、まずは水道・ガス・電気・道路などの伝統的な社会インフラを整備すべきではないかと思えるのですが、先に通信インフラを整備することで、 これはこれで実に大きなメリットがあります。 それは高速通信網を整備することで、低価格化したPCやスマートフォンを使って、これまでとは比較にならないほどの速さで知識が広まるということです。

 「海外に出かけたときには、まずはその国の本屋へ行け」といわれることがあります。 確かに本屋さんにはその国の国民性や知的レベルが色濃く反映されているので観察する価値は大いにあると思います。 僕も語学学校が休みの日にはマニラなど大都市に出かけて本屋さんをはじめ、開発地区や巨大モールなどへ観察に出かけていました。

 フィリピンに出かけて驚いたことは、本屋さんに置いてある本のレベルの低さです。 日本では最新のテクノロジーやサイエンスなどアカデミックな領域の書籍は非常に層が厚く、地方であっても多数の書籍を手にすることができます。

 それに比べると、首都マニラにある巨大なモール内の本屋さんに並ぶ本は古くて高価です。 日本はそれこそ何百年も前から知識の集積と共有、そして教育に多大な労力を割いてきました。 世界のどこかで新しい技術や発明がなされれば、即座に誰かが日本語に翻訳したり、解説書を書いたりして、広く知識の浸透を図ってきました。 そうして日本は出版大国となり、「紙」をベースとした情報の流通網が整備されていたのです。

写真2   ● 首都マニラにある巨大モール・グリーンベルト内にある書店
並んでいる本はほとんどが時代遅れな上に、米ドルで30ドル近くするため、平均月収が200〜300ドルのフィリピンではなかなか手が出せない

 フィリピンをはじめ、多くの新興国には日本のように多数の著者、出版社、印刷・製本会社、運送会社、書店が存在していません。 かつては、国民の知識レベルを上げるために、これら各業界を少しずつ整備し、成長させていかなければいけませんでした。 しかし、テクノロジーの登場によって、その多くが不要になりました。

 インターネットにつながるPCやスマートフォンを手にした上で、英語を英語のまま読める彼らは、もはや母国語への翻訳を待つ必要も、 印刷・製本され、書店に並ぶまでの時間を待つ必要も、その書籍に月収の半分を払う必要もなくなったのです。 伝統的な出版文化がなかったからこそ、逆に彼らはひとっ飛びで最先端の情報を、私たち日本人よりも早く、そして劇的に安く手にしているのです。

 これがまさにデジタルのインパクトです。 知識浸透の速さにおいては、気が付けば新興国は日本を追い抜いていこうとしているのです。

世界の富と賃金は平準化に向かう

 最先端のデジタルデバイスや、最新の情報というのはこれまではとても価値が高く、当然ながらそれは価格に反映されていました。 つまり、これらのモノや情報は、一握りの先進国に住む裕福な人々だけが手にできる特権的なものだったのです。

 しかし、状況は変わりつつあります。 デバイスは低価格化し、情報も簡単に入手できる、そしてクラウドソーシングを活用すれば、それらを生かした仕事も入手できる。 これまでは新興国にやってくる先進国からの仕事といえば、工場の移転が多く、そこで働く現地の人々に求められるのは低賃金であることが何よりも 重要な条件でした。

 しかし、知識の浸透により、まさに僕らが現在協業しているインドの会社がそうであるように、まだまだ新興国と思われている国から知識を武器に 勝負ができる人々がどんどん世界の人材市場に現れて、クラウドソーシングサービスを使って瞬く間に仕事を手にするようになりました。 デジタルでクリエイティブな仕事はこれまでとは比較にならないほど軽々と国境を越えていくのです。

 もちろん、僕らが彼らに支払っているフィーは、日本でソフトウエア開発を依頼するよりも遥かに安いですが、彼らからすれば インド国内で仕事を探すよりは十分に高額で安定的に収入を得られているのです。 このようにいうと僕らは日本から海外に富やノウハウを流出させているように見えるかもしれません。 しかし、これは本連載第1回でもお伝えした通り、もしこのようなサービスがなければ、そもそも僕らは開発プロジェクトをスタートさせることは なかったのです。

写真3   ● 凄まじい勢いの都市化
リーマンショック以降、国際金融資本が新興国に大量に流れ込んだ結果、フィリピンをはじめ東南アジア諸国は凄まじい勢いで都市化が進んだ。 そこに欧米やアジアの企業が次々とやってきて、現地でのビジネスをはじめている

グローバル時代に備えよう

 本連載はクラウドソーシングの活用方法やその価値、そのために必要な語学やコミュニケーション、ついでに 僕が体験したフィリピン語学留学などを中心に話を進めてきました。 連載を通じて一貫して伝えたかったことは、デジタルの巨大なインパクトは終わるどころか、これからが本番であるということです。

 少子高齢化が加速する日本にとっては、安定的で豊かな経済がこれからも続く保証が見えなくなりつつあります。 一刻も早く、このグローバルの思考回路やビジネス慣習を身に付け、逆に日本から世界に勝負を賭けに行く、あるいは世界を舞台に活躍する、 というマインドを持っていただきたいということです。

 これまでの世界は先進国と新興国、途上国のように分けられ、そこには巨大な格差がありました。 しかし、今世界はよりフェアな方向へ進もうとしています。 優位な立場にいた日本にとっては厳しい面もたくさん出てくるでしょうが、一方で僕らのような地方の小さな会社でも 世界に出ていけるようになったことは、チャンスが増えたということでもあります。

 今かつてないほど多数のイノベーションが同時多発的に生まれ、世界は目まぐるしく変化しています。 そのイノベーションを脅威と取るかチャンスと取るかは、その組織の文化に大きく依存します。 しかしグローバル化の波は日本の経済環境や人口問題をよそにとどまることはありません。 だとすれば、僕たち一人ひとりが常に世界のマーケットや経済を意識しながら、学び、働き、経験を積んで、次の日本を 作っていかなくてはならないのではないでしょうか。